プロジェクトの背景
岐阜県羽島市に拠点を置く三星毛糸株式会社は、日本有数の毛織物産地「尾州」で長年にわたり高品質な繊維素材を生み出してきた企業である。
同社では、羊毛を扱う企業ならではの取り組みとして、社内の会議室に羊をモチーフとした絵画を4点展示していた。新たな作品の導入を検討する中で、これまでとは異なる作風を取り入れたいという想いがあった一方、具体的なイメージを言葉で伝えることには難しさを感じていたという。
そこで提案したのが、美大生・芸大生から多様な作品プランを募集し、実際のラフ案を見ながら制作する作品を選ぶ、コンペティション形式のオーダーメイドアートだった。
コンペティションの概要
本プロジェクトでは、三星毛糸の事業と深い関わりを持つ「羊」をテーマに、若手アーティストから作品プランを募集した。
小さな美術館が初めて手がけた企業向けアートコンペティションとして実施され、21名のアーティストから合計40案のラフ案が集まった。
参加アーティストは、それぞれの感性や技法を生かして羊という共通テーマを自由に解釈。企業側は完成作品を事前に指定するのではなく、多彩な表現を比較しながら、自社の空間にふさわしい作品を検討することができた。
審査を経て1名のアーティストを選出し、オリジナル作品の制作へと進んだ。
選出作品「ゆめごこち」
選出されたのは、東京藝術大学で日本画を学んだ藤村栞さん。制作作品は「ゆめごこち」と題された、羊たちの穏やかな姿を描いた日本画である。
ウールの暖かさから連想される安らぎと、羊から思い浮かぶ睡眠や夢の世界を重ね合わせ、寄り添いながらうとうとする羊たちを表現した。
画面には金平糖やかすみ草が散りばめられ、幸福や無邪気さへの願いが込められている。また、日本画特有の岩絵具を用いることで、光の当たり方や鑑賞する角度によって繊細な輝きや表情の変化を楽しめる作品に仕上がった。
完成作品は2024年6月から三星毛糸の社内会議室に展示され、羊毛を扱う企業のアイデンティティを、若手アーティストならではの柔らかな感性で表現する一枚となった。
このプロジェクトが示したもの
本プロジェクトは、企業が求める作品のイメージを明確に言語化できない場合でも、コンペティションを通じて多様な選択肢に出会えることを示した。
ひとつのテーマから生まれた40案のアイデアは、企業にとって新たな表現を発見する機会となり、アーティストにとっては自身の創作活動を実際の仕事へとつなげる機会となった。
小さな美術館にとっても、本プロジェクトは企業と若手アーティストをつなぐコンペティション事業の出発点となった。企業の想いとアーティストの創造性を掛け合わせることで、既製品の購入とは異なる、独自の価値を持つアートが生まれた。